投稿

推理小説

最近ではミステリ小説という呼ばれ方をする方が多いようですが、40年くらい前には推理小説と呼ぶのが普通で、それ以前は探偵小説というような呼び方もあったようです。 で、ここではあえて“推理小説”についてお話ししたいと思います。 以前にもここで御紹介しましたが、物心ついてから最初にハマった本が「アルセーヌ・ルパン」シリーズで、子供向けに書かれた本を何度もむさぼるように読んでいました。それが自分に合っていたのでしょうか、いわゆる推理小説という分野の本が好きになって、中学校時代に読んでいたのが松本清張さんでした。 最初に読んだ作品はよく覚えていないのですが、「砂の器」か「ゼロの焦点」だったんじゃないかと記憶しています。きっかけは、父が好きだったようで、赤い背表紙の新潮文庫版の本が何冊か自宅になったので、それを勝手に読んでいました。当時は、多数の作品が映画化された「横溝正史」さんの大ブームで、書店には彼の作品が山のように積まれていたのですが、私は一切手に取らず、清張シリーズを読み続けておりました。 いろんな本を読みましたが、前に挙げた「砂の器」「ゼロの焦点」「点と線」、丹後が舞台になった「Dの複合」が好きで、これらは何度も読み返しました。いずれも面白い、力のある本だったと思います。彼の作品は、多くの作品が何度も映像化されていますが(実はあまり視たことが無い)、時代を超えて愛される何かを持っているのだと思います。 ところで、最初に述べたとおり、最近は「ミステリ小説」が幅をきかせ「推理小説」と呼ばれることは珍しくなったのではないでしょうか。実は、両者の違いというのが私にはよく分からなくて、なんとなく“ミステリ”の方が幅が広い概念であるように感じられるのですが如何なもんでしょうか。あるいは、推理小説が発展的に拡がったのがミステリ小説なのか。そもそも“ mystery ”の和訳が“推理小説”なのか。まさにミステリですね。 さて、話を元に戻して進めていきますが、その後に少し手を出したのが、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンのシリーズ物。でもこれはいずれも数冊で飽きてしまいました。 洋物は、あまり体に合わなかったようです。 でも、サラ・パレツキーの“ V ・ I ・ウォーショースキー”シリーズやパトリシア・コーンウェルの“検屍官”...

歴史小説か時代小説か

世に数多溢れる書籍の中で醍醐味と言えるのは、小説だと思っていて、その中でも好きなジャンルというのは当然存在します。私の場合、そのうちの一つが歴史小説或いは時代小説と言われる分野です。私の中では、この両者はしっかり区別されていて、史実を題材にした物を歴史小説、時代設定を過去に置いた創作物を時代小説と勝手に呼んでいます。 両者の代表作家をあげるとしたら、歴史物では司馬遼太郎、時代物では池波正太郎と言い切って良いんではないでしょうか。※個人の感想です。 どちらも、ある時期にむさぼるように読んだのですが、まずは司馬遼太郎にハマりました。 御多分に漏れず、大学時代に歴史物にドップリハマり、山岡荘八の徳川家康を読破したのもこの頃で、全26巻の文庫を1月くらいで読み切り、その後いろんな作家に手を出すようになりました。最初に読んだ司馬燎は、国盗り物語で、そこに描かれている信長にすっかり魅せられてしまいました。それもあって、今でも信長好きは変わりません。 ただ司馬燎は、その後も読み続けましたが、最初に読んだ国盗り物語の衝撃を超える作品には巡り会っていません。それくらい面白かったし、魅力的な小説でした。 一方の池波正太郎を読み始めたのは比較的最近で、十数年前に、亀岡市立図書館にある池波全集を読み切ろうと思ったのがきっかけでした。全部で30数巻になる全集でしたが、エッセイと戯曲などはこの際省いて、28巻でしたかを数年かけて読み切りました。 「剣客商売」、「鬼平犯科帳」、「藤枝梅安」などなど、どのキャラクターも魅力的で、どれをとっても読者を飽きさせない物語ばかりでした。小説の中のいろんな場面で、主人公が小料理屋で蕎麦をアテに酒を飲む描写があって、それに憧れて町中をブラブラ歩きながら、ひょいと見つけたお店で、小鉢をつまみながらお酒を頂くということを続けていた頃もありました。 時代小説については、その後もいろいろな描き手が現れて、最近では、朝井まかてさん、宮部みゆきさん、畠中恵さんなどの女性作家による時代物を好んで読んでいます。 一方で、歴史小説については、早乙女貢さん、吉川英治さんなど大家と呼ばれる方ばかりで、最近はこれと言った描き手が現れてこないのが残念です。 最後に告白ですが、最初に呼んだ歴史・時代小説なんですが、いずれもここま...

小学生時代の思い出

小学生の頃は、毎日日が暮れるまで外で遊び回っていたことしか覚えていません。それでも父が無類の読書好きだったこともあってか、私も一人の時は、好んで本を読んでいたように記憶しています。 当時は、田舎に住んでいたこともあって、本を買いに行く機会はそれほど多くなく、時折父が車で買い物に出かけるときに、引っ付いていって気に入った本を買ってもらっていました。また、学研の「学習」と「科学」という雑誌があって、学年ごとに「1年の○○」というように、学習進度に合わせた編集がされていて、学校単位でまとめて注文・配本されていて、年によってどちらか一種類を買ってもらっていて、これも楽しみでした。 と言うことで、この頃は今ほどたくさんの本を買って読むと言うことが叶わず、気に入った本を何度も読み返すことを当たり前のようにしていました。 この頃に何度も繰り返して読んだのが、ポプラ社の「アルセーヌ・ルパン」シリーズでした。南洋一郎さんの翻訳で出されており、たぶん10冊くらい買ってもらっていたと記憶していますが、特にお気に入りは「奇巌城」、「怪盗紳士」、「ルパンの名探偵」で、これらは本当に面白かったです。ちょっと怖かったのが「黄金三角」、「三十棺桶島」で、読み返す度に同じところで、ゾクッとしながら読んだものです。 ルパンシリーズは本当に好きで、大人になってからも堀口大學さんの翻訳による新潮文庫版を購入し、これも何度も読み返しました。だからという訳ではありませんが、ホームズシリーズはあまり好きではなれず、今でもそれは変わっていません。まさに“三つ子の魂百までも”というところでしょうか。 それ以外には、いわゆる少年漫画雑誌もいくつか読んでいたことを覚えています。最初に読んでいたのが「月刊少年画報」です。毎号楽しみに買ってもらっていたのですが、今となってはどんな漫画が掲載されていたなかということも覚えていません。あんだけ楽しみにしてたのになぁ。あとは「週刊少年マガジン」ですかね。これもほとんど覚えていませんが、「デビルマン」だけは、テレビアニメと違い、とてもハードコアな内容で始まったことを覚えています。当時はとても楽しみに読んでいたはずなのに、覚えていないものですね。 少し学年が進むと、小学校にあった図書室に通うようになって、いろんな本を借りて読んで...

私史上最高の本

よく言われることの一つに、一番面白かった本は何かという質問がありますが、いくつかの理由があって、これはとても答え辛い質問です。 まず、その内容をほとんど覚えていないと言うことがあります。 本当にたくさん読んでいるせいか、後々まで内容を覚えていると言うことはほとんどなく、前に読んだ本でも終盤近くになってようやく気がつくと言うことが何度もありました。 また、どこが面白かったかとか何故面白かったか、と言うような理由を説明することが難しいのです。本って結局相性だと思っているので、そのときの自分と相性が良かったのかなとしか説明できないのです。 さらに、そんな本が、と思われることが恥ずかしく、なかなか正直に言うことができません。別のところで、自分が読んだ本を全て感想付きで紹介しているのですが、本当は自分の恥部をさらけ出しているようで、とても恥ずかしい思いをしながら公開しているのです。 そんな前提で、ここからは読んで欲しいのですが、実は一冊にはなかなか絞りきれなくて、特にジャンルが違う本になると、単純に比べることができません。と言うことで、何冊かを最高の本として紹介させてください。 まずは、ビクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」。これは小学校の時の先生がいつか大人になったら読んでみなさいと薦めてくれた本で、大学生の頃に岩波文庫版で読みました。当時の自分には、とてもヒットして、その後も数年おきに3度ほど読み返しました。何度読んでも感動的で、最後の数ページは目を潤ませながら読んだ記憶があります。 次は、ドストエフスキーの「罪と罰」。これも難解だと言われていたので、手を出さずにいたのですが、同じく大学生の頃に岩波文庫版で読みました。難しい本を読みたがる年頃だったのでしょうか、主人公の心理描写が何ページにもわたって続くのを、もっともらしい顔で読んでいた記憶があります。 日本の小説では、司馬遼太郎の「国盗り物語」。私にとっての最初の司馬作品ですが、後半の主人公の一人である織田信長の魅力に魅せられました。その後司馬燎は龍馬も坂の上の雲も読みましたが、これを超える物には出会っていません。 もう一つ何度も読み返した本が、吉川英治の「三国志」です。吉川作品もいくつか読んだのですが、やっぱりこれが一番面白い。桃園の誓、三顧の礼、...

SF小説

自分が、最初にドップリハマってしまったジャンルって何だろうと振り返り、改めて子供の頃に見たテレビドラマを思い出しました。 そのタイトルは「タイムトラベラー」。原作となったのが、その後何度も映像化された筒井康隆さんの「時をかける少女」です。この少年ドラマシリーズと呼ばれるNHKのテレビシリーズでは、その後も眉村卓さんや光瀬龍さんの小説が取り上げられ、とても楽しみに視ており、その後自然な流れで、それらの原作本を読むようになりました。 最初にハマったのは、筒井康隆さん。「時をかける少女」から「にぎやかな未来」などの短編集などの文庫本を読んでいました。これもドラマになった“七瀬シリーズ”もとても面白かったです。これらの本は、その後も何度も読み返しています。 続いて、中学校時代の友人に教えてもらった星新一さん。これは本当にハマりました。ショートショートの神様と言われ、生涯で1000編を超えるショートショートを書かれましたが、全て読破しました。長編小説も少なからず書いておられますが、その中では父親である星一氏(製薬会社の創業者)を描いた「人民は弱し、官吏は強し」は名作だと思います。(ただし、SFではありませんが) 彼の小説の中には、バーで男性がハイボールを飲んでいる場面が強く印象に残っていて、子供の頃は私は、高いボール??って、どんな飲み物なんだろうと、とても興味を持っていました。今でも、その記憶が残っているせいか、飲み屋に行くとついついハイボールを頼んでしまうのは、余計な話です。 小学校の図書室に、30冊くらいのSF小説シリーズがあって、全冊を読破したのを覚えています。どうやら海外の作品の翻訳物が多かったようなんですが、どんな本があったかはほとんど記憶に残っていません。中学時代は、前の二人と並んで当時SF御三家と言われた小松左京さん、平井和正さんの小説などを読んでいましたが、その後は、海外のSF小説にハマると言うこともなく、SF小説自体も時折眺める程度となりました。と言うのも、実はちょうどその頃、スターウォーズシリーズが世を席巻し始め、SFは小説より映画のほうが面白く感じ始めたようです。 今、改めて書店でSF小説を探してみようとしたのですが、最近では誰もが知っているSF作家という人が見当たりませんでした。というより、SFチックな設定...

読書時間

別のブログで、毎月の読書記録を書いているので、最近いろんな人に、どうやって読書時間を確保しているのかとよく聞かれます。 これは至って簡単で、自宅に居るときにはほとんどテレビを見ないので、その時間を読書に充てていると言うことに尽きます。ここ十数年は、テレビのある自宅の居間には、私の座る場所が用意されておらず、早く帰った日は、食事と入浴が終われば寝室へ行き、そこで眠るまでの3~4時間を読書に充てるという生活が、結構長く続きました。 思い返せば、これって結構子供の頃からそうだったようで、学校から帰って夕方まで遊んだ後、晩ご飯ができるまではテレビを見ていることも多かったですが、見たいテレビがないときは本を読みふけっており、それでお腹が一杯になってしまったのか、食事が進まないと言ったようなことがあって、よく母に怒られていました。 その後も、いつの時代を通しても読書時間が無くなることはほぼ無かったのですが、時代が平成に変わった頃からでしょうか、仕事が忙しくなって、自宅へ帰る時間が今では考えられないくらい遅くなった頃は、ほとんど本を読むこともなかったと記憶しています。 それから、ドイツに赴任していた3年間も、周りに日本語の書籍がほとんど無かったので、本を読む時間もほとんどありませんでした。といっても、そんな頃でも月に5~6冊は読んでいたと思います。 その後、劇的に読書量が増えたのは、大きな病気で入院していたときと、その後比較的提示に近い時間帯に帰宅することができた頃で、休日もほとんど外出することなく、自宅で本を読んでおりました。大体3,4冊の本を同時並行で読んでいて、本を読み疲れたら、別の本に切り替えるというような状態でした。自分は一体どれくらいの燎の本を読んでいるんだろうと気になり、記録を取り始めたのがその頃で、最高で年間400冊以上の本を読んでいました。 そんなことがあって、今に続いているのですが、最近は腰痛がひどくて、寝っ転がることができず、自宅に居ても本がなかなか読めないので、ネットで動画を見たりすることが増えてきましたが、眠る前の1時間は軽めの本を読むようにしています。 その他、ここ数年変わらないのが、移動車中の読書で、通勤電車や出張、休日に出かけるときの車中は、貴重な読書時間です。特に通勤電車は、かつては...

最初に読んだ本

最初のテーマを何にしようかと悩んだ末、こんなテーマを選んでみました。 ところが、人生で最初に読んだ本というのは、実は覚えていません。というか記憶に無いのです。 こどもの頃の写真を見てみると、いろんな絵本を持ちながら移っている物があるので、そんな本を読んでいたんだろうなとは思うのですが、遠い記憶の彼方です。だから、よく子供の頃に読んだ絵本のことを鮮明に覚えておられる方がいらっしゃいますが、私の場合、全くその記憶がありません。 そんな中で、自分の記憶に鮮明に残っているのが、「アルセーヌ・ルパン」シリーズです。 最初に読んだのは「怪盗紳士」という作品で、恐らく小学校2、3年生の頃に初めて買ってもらい、何度も読み返したことを覚えています。その後も「奇巌城」や「黄金三角」、「三十棺桶島」などシリーズで買ってもらい、私の中の英雄となっていきました。 そんなこともあってか、今でもホームズ小説はあまり好きになれないのです。 さて、当時の少年向けルパンシリーズといえば、ポプラ社の物が主流で、ほとんどはポプラ社版の物を読んでいたのですが、最初の「怪盗紳士」は、何故か他社の物(たぶん偕成社版)だったと記憶しています。ただ、今となっては定かではありません。 実はその後も折に触れ、ルパンシリーズを読むことがあって、大学生の頃には、改めて堀口大學訳の新潮文庫版を買いそろえ、本棚に並べてありました。最高の名作とも言われている「813の謎」を読んだのは、実はこのときでした。ラストシーンが印象的でしたね。 今では、ルパンシリーズというと、「ルパン三世」シリーズの方が有名で、本家の方を読んでいる子供達がどれくらい居るのか分かりませんが、ポプラ社版の訳者である南洋一郎さんの手による物語は、少年時代の私に、何かしらのわくわく感を与えてくれるものでした。 その後も、推理小説を好んで読むようになったことには少なからず影響があったと思いますし、何よりもこんな読書好きになったのは、この頃の体験があってこそだと思っています。その原点になった最初の一冊のお話でした。